今日は、会館にてご納棺をさせていただいた故人様と、そのご家族の皆様にまつわる、あたたかな一時のお話をさせていただこうと思います。
『歯切れが悪い』『歯に衣着せぬ』などといった慣用句はよく耳にしますよね。日本だけでなく、海外にも歯にまつわることわざや言葉がたくさんあります。
例えば『Tooth and nail』これは直訳すると、歯と爪ですが、力一杯や全力でという意味を持つ慣用句です。
また、『Pull teeth』これも直訳すると歯を引抜くですが、武器を奪う、骨抜きにするといった意味を持つ言葉です。歯がなくなると力が出せなくなる、歯を失うということは武器を奪うほどに相手の力を削いでしまうものである、ということを示しています。
今回は、ある故人様の歯に関するお話です。このお話の主人公は男性の故人様。お元気な頃は国鉄職員としてバリバリお仕事をされていましたが、お仕事を辞められて以降はお家で穏やかにお過ごしになっておられたそうです。今回立ち合いされたのは喪主様と喪主様の弟様の2名。納棺中はあまりお部屋には入られず、たまにチラチラとご様子を伺いにいらっしゃる程度でした。担当者より故人様のお口が開いていると事前報告があり、現地にてお顔を拝見させて頂いても確かにお口が開いていらっしゃいました。故人様、前歯が全くなくなっておられ、それ故にお口が開いているという印象でした。歯がなくなっておられることが原因でお口が開いておられる上、事前に拝見していた遺影写真よりもかなり痩せていらしたため、化粧法の一つである含み綿にてお顔まわりを整えさせていただきました。
全体的にふっくらとした印象になり、口元も閉じることができました。喪主様がたがあまりご納棺をされているお部屋に入られることがなかったため、先に故人様へ白装束をお着付けしてから、清拭へとお二人をお呼びしました。清拭にいらしたお二人は、お口の閉じた故人様のお顔を見て、愕然としたような表情で「親父」とだけ呟かれました。その後、故人様のお顔やお手元を拭かれながら、喪主様と弟様がぽつぽつと教えてくださいました。お元気だった頃の故人様は非常に活発な方で、お仕事がお休みの日には、やれ釣りだ、やれツーリングだとよく出歩いていたそうです。
そんな故人様も、お仕事を辞されて以降めっきり塞ぎ込みがちになってしまわれ、家に篭りがちに。そのうちに加齢でしょうか、歯もどんどん抜けて入れ歯を使われるように。しかし故人様は口の中に異物感がある感覚が苦手で、もう10年ほども入れ歯を使われなかったそうです。
歯がないと、歯の厚み分だけ口元は落ちくぼんで、皆様がイメージするような『おじいちゃん、おばあちゃんの顔』に近づいていきます。
歯がないと、食事も様々な制限がつき、心にも身体にもエネルギー源であるそれがきっと苦痛の時間になるでしょう。活発で、バリバリと仕事をしている頼もしい父の背中が喪主様がたの中にはいつもありました。それが、いつの間にかしょんぼりとした老いた姿にすり変わっていくことに耐えられず、少しずつ顔を見る機会も減っていったそうです。
それが、今回少しですがふっくらとされて口元もきっちり結ばれた姿を見て、やっとお二人にとっての『親父』が帰っていらしたのでしょうか。
故人様のお顔を撫でるように拭かれながら、静かに泣いておられるお二人の姿を見て、思い出を形にしたのならば、きっとこんな涙の形になるのだろうと、そう感じました。
かとう葬儀では、『結葬』皆様を結び合わせる、新たなお葬儀のあり方を模索・提案しております。思い出に寄り添いながら皆様と一緒に最後のお時間までの過ごし方、してさしあげたいことなど、お手伝いさせていただければ幸いです。
歯と同じくらいの不安要素としては目元、眠っているように閉じてあげたいとの願い。こちらの願いもしっかりと対応させていただき、安らかな旅支度のお手伝いを心がけています。