近しい人がコロナになった話

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私にとって本当に近しい人がコロナになった。

本人のために具体的に特定することはあえて書かない、というか書けない。これが今のご時世を反映しているともいえるのだが、その人は、家族に疾患を持っている人がいることもあってそれはそれは気を付けて生活をしていた。

それなのに、コロナに感染した。

私にとってあまりに近しい人であるため、その人は最初自分の感染に恐怖を抱くより、少し前に会っていた私が濃厚接触者になりやしないか?自分の周りに与える影響はどうか?により恐怖を抱いていた。

実際には、私たちは濃厚接触者ではないし、彼女の周りに与える影響が大きいか?といったらそうではなく、感染した本人が一番の影響、大打撃を受けることはその時にはわからなかったのだろう。

日に日に悪くなるその人に私ができることは、玄関先に食事を運ぶこと(その人の家族のためが主な理由で本人は食べる事はできない状態) と

毎日

『生きていますか?』

と安否を確認すること。ぐらいでした。

これは本当に笑い話でもなく、私は急変するのではないか?とう恐れをいつも抱いていた。

日に日に悪化していくのだが、定められているルールにちょっとだけ到達しない数値(酸素濃度)

※酸素濃度を測る機械も最初の通知が安定していたとのことで貸し出し許可が出ず、たまたま私以外の医療関係者の友人が見かねて個人の私物を貸し出してくれたそうだ。

のため、入院をさせてもらう事も出来ず自宅療養という押し問答を繰り返す。

もう一つ、コロナ関係で怖ろしい話を聴いた。

ある方の家族がコロナに感染した。その同時期にその家族である息子さんが突然の腹痛を訴えた。 慌てて医者に連れて行ったが、濃厚接触者という事で診察を拒絶される。

それでもそれで引き下がることは出来なかったその息子の親は、

『ルールと命どちらが大切ですか?』との訴えに心ある看護師さんが動いてくれて心ある医師に診てもらえることとなりました。

息子さんは、盲腸が破裂していたそうです。もしあの時、拒絶を真に受けそのまま帰っていたら息子の命はどうなっていたのか?そうお話をしてくれました。

ルールと現状のはざまにある様々なこと。そこをどう計らうかはその人の人間性、人間力によるのだろう。

コロナになり、私たちはたくさんの事を試されている。

新しい生活様式に合わせて変えていかなくてはならないもの、

その中で、何を自分の核として守っていくのか?このお試しに対して日々自問する日々を送っている。

ちなみに、私に近しいコロナに感染した人は約3週間を時を経てやっと社会活動に戻れました。

本当に良かったです。

さて、コロナ感染者の方のお葬式について少し触れさせていただけたらと思います。

コロナ感染でお亡くなりになるケースは少なくなってきました。それでも全くないわけではありません。

コロナというウィルスが原因であるにもかかわらず、ウィルスに感染した故人となった方々は普通とは違ったお別れとなることは間違いありません。

一番悲しいのは、対面でその方に触れることが出来ないこと。

また、コロナ感染がその原因であることを知られたくない、というご家族の心情から、どうしてもこっそりとしたお別れになってしまうこと。

どんな方法が一番いいのか?

その答えは一つではないのですが、肉体とのお別れの後、改めてその方とのお別れをする式を計画するなど、皆さまのお心のわだかまりを少しでも和らげるお手伝いをさせて頂けたらと思う私たちです。

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“結んだこころ”に寄り添う葬儀を。稲沢市・一宮市・清須市のの【かとう】セルカホールです。

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この記事を書いた人

加藤 京子

愛知県 稲沢市の葬儀社で生まれ3代目としてお葬儀の仕事に従事して25年になります。私が最も心がけているのは『皆様の生きるを応援すること』です。良いお葬儀とは何か?皆さまに寄り添いお手伝いしています。