社長を叱ってくれる人がいないことは悲劇である

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あるチラシでこの言葉を目にした時、なるほどそうだと頷いた。

心に響く言葉

会社にはたくさんのDMが届く。世の中に情報は溢れかえり、手を変え品を変え、自分の商品やサービスを手にしてもらおうと言葉が並べられている。

私は、言葉からたくさんの力をもらったり、励まされたりすることがこれまでもあったしこれからもそうだろう。なので商品そのものに興味がなくてもDMなどの紙を取っておくことがある。

『社長を叱ってくれる人がいないことは悲劇である』

そう書かれたこの紙を手帳の中に入れたのは少し前になると思う。後でしっかり目を通そうと思い忘れていたのだと思う。

今日、再び私の目の前に出てきたこの用紙。

私を叱ってくれる人

大人になると、友達でも苦言を呈してくれる人、モノ申してくれる人は少なくなる。それを伝えて、相手に上手く伝わらなくなった後の人間関係のヒビや煩わしさを思うと、

『言わなくていいことは目をつむっておこう』となるものだ。

が、子供の時から一つも変わらないな~と思うのは

『欠席裁判』だ。

その人がいないところで、その人の話をして

『あの人ああいうところあるんだよね~、悪い人じゃないんだけどね。』などと言ってジャッジする。

私は41歳で先代からのバトンを受け取った。日本社会においては継承する年齢としては早い方だったと感じている。

人間としてはまだまだ未完成なのにもかかわらず、それ以来年々私を叱ってくれる人は減っていった。親でさえ子を叱るということはある程度の年齢からは無くなるものだ。

私が聞きたくない、認めたくない何かに対して誤解や恐れを抱かずに言ってくれる人はいるようでいないのである。

もしも叱ってくれる人としてあげるとするならば、家族の存在と言える。

身内は身内に厳しいものだ

娘もティーンを迎えた頃から、なかなか手厳しい。私が娘たちに格言のように伝えてきたことに私が違反している場合など、

『人と比べないと言いながら、人の事を話しているママはどうよ?』と言われるし、

『ママだってさ~』と返されることもある。

娘たちは母親には、とても正直なものだ。

もう一人私を真剣に叱ってくれる人、それは『夫』である。

彼は、きっと叱りたいなどという気持ちでいる事はないだろうし、もしこのブログを読んだのなら、叱ろうと思ったことなど一度もないというだろな。そもそも人の助言やアドバイスなんて聞かないくせにと言われてしまいそうである。

実際に、私は何か言われるとその場は素直に受け取ることが出来ず、二言目には言って返す事が多いのである。

が、実はこれジャブのように効いていて心の奥深いところに染みわたっていくのである。そして、その時には反発心の方が強い私の未熟な心は、ひょんなことから大きな気づきとして新しい発見となって甦るのである。

『あ~、言われていたことはそういう意味だったのね、だからいってくれたのね。』

私は腹落ちするのに、その同じような馬鹿げた行動を幾度か繰り返し行動しながらしか学べない頑固さを持って生きている。

自分で言うのもなんだが厄介な性格だ。

認める事ができるのは唯一自分である

叱られる、指摘される、それを認めることが出来るのは唯一自分である。

先ほど言ったように身内が身内に厳しいのは、外で愛する人が『はだかの大様』として堂々と歩くことがないようにと願っているからである。

叱ってくれる人こそ財産である

その用紙の最後には

誰でも歳をとっていけば自分を叱ってくれる人は少なくなってくるものだ。叱ってくれる人がいるということは財産ではないか。

日本経営合理化協会 理事長 牟田太陽 

本当にそうである。家族であれ、友人であれもし聞きたくない何かを言ってくれる誰かがいるとするならばそれはきっとかけがえのない財産なのだろう。

50歳の折り返し地点に立った今、

『老いては子に従え』ではないが、年齢を重ねていけばいくほど謙虚さを持ち、若い人の意見を聞ける私でありたいと思うのである。

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この記事を書いた人

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加藤 京子

愛知県 稲沢市の葬儀社で生まれ3代目としてお葬儀の仕事に従事して25年になります。私が最も心がけているのは『皆様の生きるを応援すること』です。良いお葬儀とは何か?皆さまに寄り添いお手伝いしています。