人間にも波長があって、その波長が合うとハーモニーのようになって心地よいものだ。

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少しだけ距離が空いてしまう人間関係がある。もともと、距離感をとって繋げてきた友人関係であれば適当な距離感がそれまでにもあったのだから開きすぎる、近づきすぎるという事はないだろう。

が、本当に自分の言葉を分かち合ったり、親身になった人であれば近すぎるが故に心が弾かれてしまう事があるのかもしれない。

その距離が遠くに弾かれてしまうままになるのか、何かのきっかけで元の位置に戻るのかは、心のあり方に共感できるかどうかではないかと改めて感じた。

それはある友人との電話でのやり取りからの気づきだった。

コロナが世の中に蔓延して、これまでの行動と同じだけの生き方をしている人はいないに等しいだろう。

という事は、誰もが自然と自分の必要なものを選択して、大切な物を身近におく、大切な人と繋がるようになってきているのだと想像する。

簡単には会えない時代の中ではある意味、距離は関係ないのかもしれないと気が付いた。

何を伝えたいかというと、距離によって会いにくさがあった人と近いから会いやすいといっていた人が同じカテゴリーに入ることで、皆一様には会いにくい状況になるということ。

そんな中で繋がっていたいという人は、その人との会話ややり取りの後に、心が共鳴しているような状態が得られているかがとっても大切なのだ。

私にとって大切な関係は、私を甘やかしすぎず、それでいて勇気づけしてくれるそんな人間関係のこと、

身近な存在で言えば娘たち、娘たちはいつも辛口で私に容赦はない。そして次は夫、夫は事実を伝えてくるのでこちらの心の状態が良くないと口論になることもしばしば、それでも他人では指摘できないような私の悪しき部分にメスを入れる。それでいて一番の理解者でいてくれて応援者でもある。

冷静な状態ではこうやって家族の事を思えるのだけれど、やはり心置きなく言葉を選ばず話を出来る友人の存在が私にはとても大切。

最近、少しだけ気後れ気味だった私の心に風を通してくれた友人との会話。

少しだけ離れているように感じていた距離は、お互いの日々の報告をし合う間に、じわじわと確かめ合うように相手の存在に感謝することができた。(もとよりも高い次元で再び繋がったように感じた)

コロナの時代、病院に入院をしていると会う事に制限がかかることがしばしばあるようです。

もし、介護施設等に大切な家族が入居している場合は、面会さえもできないのだと聞きました。そのまま予期せぬお別れになってしまったお客様のお話しを聞く時は、心は本当に痛みます。

今一度、自分にとって大切なものを見つめなおし、制限がある中でも豊かさを追求していければと願っています。

本当に大切なものが何かを知っている人は、生きて行く中で、そして旅立つ時、後悔することを少なく抑えることが出来るのではないかと考えているのです。

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この記事を書いた人

加藤 京子

愛知県 稲沢市の葬儀社で生まれ3代目としてお葬儀の仕事に従事して25年になります。私が最も心がけているのは『皆様の生きるを応援すること』です。良いお葬儀とは何か?皆さまに寄り添いお手伝いしています。